長かったようで短かった星食み退治の旅が終わり、皆はそれぞれバラバラの道を歩み始めた。
レイヴンも新たな人生を歩むべくけじめを付けに行ったのだが、何故か既に身の振り方が決まっていた。
「ですから、あなたには今度新設されるギルドとの共同部隊の隊長を務めていただきます」
「……既に決定ですかい」
レイブンの不服そうな様子を余所に、ヨーデルは読めない笑顔で続けた。
「アレクセイの指示とはいえあなたが二重スパイをしていたのはどうしようもない事実です。しかし今や双方の組織にとってあなたは非常にありがたい存在ですからね。どちらの内情も知っているし、どちらの人間も動かしやすい」
「でもギルド側がどういうかねえ」
「そのことならもうお許しを貰っておきましたよ。彼らとしても貴方なら隊長に相応しいだろうと」
「一体いつの間にそんな事決めたのよぉ」
「それなら星食みを討つ前に既にオルニオンで決まっていました。部隊の話しが出たときに、隊長を貴方にという話と、貴方の処遇についてとをね」
「そんな勝手に…、ハリーもなんもいわねんだもんな~」
「そうだったんですか? 事前に言ってあるものかと」
ヨーデルがおかしそうに笑う。
ハリーはヨーデルが、ヨーデルはハリーが、それぞれレイヴンに言っていたものだと思っていたらしい。
「勿論これが贖罪の罰という事になるんですが、引き受けていただけますよね?」
「……ちょっとおっさんを甘やかしすぎでないの?」
「長年勤めてくれた功績も加味してのものですよ。それに、今騎士団は猫の手も借りたい状況ですからね。貴方にはまだまだ働いてもらわないと」
「へいへい。ありがたくお引き受けしますよっと」
ヨーデルは退室しようとするレイヴンをついでという風に呼び止めた。
「ああ、言い忘れてました。まあ罰だという事で当然レイヴン隊長には只働きしてもらいます」
一拍の後、レイヴンは事の重大さに目を剥いて叫んだ。
「ええーーっ! それじゃおっさん餓死しちゃうんですけどぉ!」
「大丈夫ですよ。騎士団にいるかぎり食堂は無料で食事できますし、遠征先でも食料は今まで通り騎士団からでます」
「でもそれじゃお酒飲めないじゃん!!」
「この機会に禁酒なさったらどうですか?」
「鬼ーッ!! ドS-!!」
いくら懇願しようとそれは覆らないらしく、レイヴンは用済みとばかりに謁見室を追い出されたのだった。
「って言うような事があってさあ、ホント酷いわよね~え? 言い忘れてたー、なーんていってたけどアレ絶対おっさんの反応を楽しんでたって、あのドS皇帝。意地悪よねえ」
「まあ只働きぐらいで済んでよかったじゃねえか。首と下が泣き別れってんじゃこうやって酒も飲めねーんだからな」
「そりゃそうだけれども~」
久々、という程久々でもないけれどユーリに会ったレイヴンは、箒星で酒を飲んで祝うほどでもない再会を祝った。
とにかく酒が飲めれば理由は何でもいいのである。
「でさぁ、なんか時間に縛られないバイト無いかなって」
「バイト~? おっさん今までの稼ぎはどうしたんだよ。曲がりなりにも隊長主席だったんだろ?」
「それがさあ~聞いてよ」
レイヴンが行っていた諜報活動は、アレクセイの私的な命令だったわけで、当然必要経費など騎士団から出るはずもない。
だからレイヴンになるためにシュヴァーンの蓄えを切り崩していたのだ。
またレイヴンが陽気な性格であるためにパーっと酒場で使っちゃう事も少なからずあったので、蓄えなどほぼないに等しい。
今までは未来の事など全く考えてこなかったのだからそれで良かったのだが、人生前向きに生き始めたらいきなり壁にぶつかった。
出端を挫かれるとはまさにこの事である。
「成る程な。意外と苦労してたんだな、『レイヴン』は」
「そおよぉ~? ついでに言うと休みなんて1日たりともなかったからね! 社蓄よ社蓄! ん? 団蓄?」
どうでもいいことに首を捻るレイヴンを眺めながら、ユーリは溜息をついた。
「でも、騎士団じゃ休みは不定休だろ? おっさんの空いてる日だけ入れるバイトなんて思いつかねーよ」
「だわよね~。夜の間だけ箒星でバイトとかさせてくんないかな?」
「あそこもバイト雇うだけ儲かってるわけでもねえしな」
そっかあ、と情けない声を上げてレイヴンはテーブルに突っ伏した。
「あ~あ、ユーリに奢ってもらうだけじゃ次いつ酒にありつけるかわかったもんじゃないわよ」
「おい。俺奢るの前提かよ」
「青年! 奢って!」
「ちっ。はいはい、困ったおっさんだぜ」
ユーリの面倒見の良さはおっさん相手でも変わらないらしく、あっさりOKが出てレイヴンは人目も憚らず万歳をした。
「あーあー、分かったから。それは止めろって恥ずかしい。……とは言え、俺もいつも帝都にいる訳にもいかねーし、いつでもおっさんに奢ってやれたらよかったんだけどな」
ユーリは顎に手を当てて悩んでいる。
そんなユーリをレイヴンは驚愕して見つめた。
「ん? どうしたおっさん」
「……ユーリがいい男過ぎて危うく惚れるトコだった」
「俺はいつでもいい男だろ?」
「うん。結婚して」
「お断りだ」
「ふられた~ぁ!! 自棄酒のんでやるう~! ユーリのツケで飲んでやる~う」
「はいはい。ま、おかみさんには頼んでおくからよ」
わざとらしく泣き崩れた後、その言葉を聞いて元気を取り戻したレイヴンはウザイ位に喜んでユーリの肩を、抱き歌い始めた。
恥ずかしい事この上ない。
ただ周りも皆酔っ払いだらけだったから酷く浮いているという事はなかった。
レイヴンに肩を組まれ左右にゆれたまま、飲みにくそうにグラスに口をつけていたユーリだったが、ふと思いついたように至近距離のままレイヴンの方を見た。
「そういや、フレンには相談したのかよ。あいつの方がそういう伝手はあるだろ?」
フレンの名前を出した途端、レイヴンは分かりやすくしょぼくれた。
椅子に座りなおし、まだ半分は残っているビンから酒を注ぎ足しつつおっさんはいじけた。
「だぁってえ、おっさんが近寄るたびに『ちゃんとしてください!』だの『騎士としての自覚を持ってください』だの煩いんだもん」
「今までだってそんな感じだっただろ」
フレンがあの旅に合流してから星食みを倒すまでかなりの時間的猶予があった。
その間フレンは分厚い憧れのシュヴァーン隊長フィルターをどこかに捨て去ったらしく、旅の後半ではレイヴンに厳しく接するようになっていた。
それでもまだ敬語が抜けない辺りフレンがフレンたる所以なのだが。
「それがさあ、騎士団に復帰しちゃったもんだから余計に酷くなっちゃってさあ。ほら、一応隊長としての体面もあるからね」
「分かっててやらないんだな?」
「当然でしょ? 俺様はレイヴン」
胸に手をあてて誇らしげにレイヴンが頷く。
内容は特に威張れるようなものでもなかったが。
ユーリは呆れた視線を投げかけたが、それが到底レイヴンには効かないと悟ったのだろう。
溜息を一つついて会話を戻した。
「ま、それはいいとして。バイトの件、他の奴にも聞いといてやるよ。内職とかでも良いんだろ?」
「それが一番いいかも…。あーあ、この年で夜中内職とか辛いわあ」
「言うほど年食ってないだろ。酒のために頑張れよ」
「…うん。あんがとユーリ」
「どうしたしまして」
次の日、朝早くから執務室の扉がノックされた。
二日酔いでガンガン痛む頭を押さえて、レイヴンは低く返事を返した。
「はいよー。あいてるよー」
ガチャリと開かれた扉の向こうには苦い顔したフレンが立っていた。
レイヴンも思わず顔を顰めてしまう。
朝っぱらから中々ヘビィな邂逅である。
「ですからレイヴン隊長。もっと下の騎士たちにも見本となるような態度を心がけてくださいと常々お願いしてますよね?」
「あーはいはい分かりましたってえ! で? なにさ? 騎士団長様が朝一番でおっさんの執務室来るなんて珍しいじゃん?」
これ見よがしに溜息を一つついてから、フレンは諦めたように喋り始めた。
「…おはようございます、レイヴン隊長」
「あ、そういや挨拶がまだだったね。はいはいおはようさん」
「はぁ。…ユーリから聞いたんですが、隊長がアルバイトを探してらっしゃると」
「ああ、その件ね。ユーリから聞いたんだ」
余計な事を、と内心思いつつもそれは顔に出さずに、フレンに先を促す。
「本当は給料が出せるようになれば一番いいんでしょうがそうも行かないので、僕から個人的なお願いを聞いてもらって、その上でそれに見合った報酬を渡すというのがいいのではないかと考えたんですが」
「…へっ? フレンちゃんが、おっさんを…? 雇ってくれるわけ?」
一々指差し確認しながら聞くほど意外すぎる提案に、フレンは一々頷いて返した。
「でも…それじゃあんまりに悪いわよぉ。フレンちゃんだって忙しいのにこれ以上厄介ごと抱えさせるわけには行かないって」
「いえ、むしろこのお願いを聞いて貰えるならその厄介ごとの一つは綺麗さっぱり片付きます」
きっぱりとした口調に、厭な予感がしたレイヴンは恐る恐るといった体でフレンを見上げた。
「…一応聞くけど。どんな内容?」
「レイヴン隊長には勿論今まで通り通常の業務を行っていただきます。ただ…」
「ただ?」
「シュヴァーン隊長になりきっていただきます!!!」
「………えええええええっ!!?? マジでえええええええええ???」
レイヴンの驚きなど置いてけ堀でフレンは熱く語った。
「レイヴン隊長がシュヴァーン隊長である事は皆が知るところです。貴方が過去に何をしたかも。そしてレイヴンとして新たな人生を歩み始めた事も。なにもシュヴァーン隊長として生きろと言うのではありません。ただ、その服装! その口調! その態度! 全てシュヴァーン隊長時代に戻っていただきます!!!」
「…えっと。おっさんにもできる事とできない事が…」
「出来るでしょう!! 十年もシュヴァーン隊長だったんですから!!」
熱く迫られて、レイヴンは思わず退けぞった。
しかしフレンはそれには構わずぐいぐい押してくる。
「それにご存知でしょうが騎士団は副業禁止!」
「……え、副業…」
「副業、禁止です!!!」
「じゃあフレンのバイトも…」
「陛下の許可は貰ってあります」
ずい、と差し出されたそれは確かにヨーデルの手跡である。
「ほ、本気なの?」
「本気です。もし酒代を得たいというのであれば是が非でも受けていただきます!」
「えええええええええええええ!!!」
最後に駄目押しとばかりに捲くし立てられ、レイヴンは仰け反りすぎて椅子から落ちた。
「シュヴァーン隊長! お戻りになられたのですね! このルブラン、感激で前が見えません!!」
「……ちょっとちょっとぉ、おっさんはおっさんだかんね? 昨日もちゃーんとここにいたでしょうよ」
翌朝、シュヴァーンの格好をしたレイヴンは不貞腐れて執務室の椅子に腰掛けていた。
勿論昨日まではレイヴンとして座っていた場所だ。
シュヴァーンとレイブン、同一人物が違う格好をしているだけなのだから分けて認識するのもおかしな話だが、それぐらいこれらの人物の間に深い溝があった。
「はい! ただのレイヴン殿~~!!」
「いやそこまで戻んなくていいって。おっさんも隊長になったんだからさ」
「はい! ただのレイヴン隊長~~~!!」
こりゃ駄目だ、とレイヴンは溜息をつく。
朝から散々だった。
この格好をしていると異常に周りから視線が突き刺さる。
シュヴァーン時代からあったものだが、今では色んな意味でそれが痛い。
まあこのバイトを続けて行く内に皆もこの姿に徐々に慣れてくれるだろう。
時間経過に期待するしかない。
と途方に暮れていた時、室内にノックの音が響いた。
号泣しているルブランを放っておいて、レイヴンは短く返事を返した。
「入れ」
「失礼します。……シュ、レイヴン隊長」
顔を出したのは、案の定と言うか、フレンだった。
「フレン閣下。失礼しました」
シュヴァーンはきりりと椅子から起立し、敬礼する。
その姿を見て、フレンは目を丸くした。
「え? あの」
「閣下も部下の部屋に入るのにノックなどなさらないで下さい」
「しかし…」
「私めなどに気を使ってくださらなくてよろしい、と言っております」
シュヴァーンに冷たい視線を向けられて、フレンは顔を赤らめた。
「そのような無礼は例え部下相手でも出来かねます」
「部下に示しがつきません。どうか敬語もおやめ下さい」
「ですが、私と隊長とは上司と部下以前に、年齢の問題もありますので」
シュヴァーンは黙ってルブランを見た。
ルブランはレイヴンより年は上である。
だがシュヴァーンは平気であごで扱き使っているし、敬語なんぞ使った事もない。
シュヴァーンの言いたいことがわかったのか、フレンは一層居心地悪そうに俯いた。
「騎士団内では上の命令は絶対。閣下が一隊長に敬語を使っておられては隊員達も誰に従うべきか分からなくなりましょう。団長らしく、堂々となさってください」
半ば説教の様なそれに、フレンも言い返すことが出来た筈だったが、彼は殊勝に返事を返しただけだった。
シュヴァーン隊長フィルターはとっくに剥がれたとばかり思っていたが、まだ健在だったらしい。
しめしめ、と内心ニヤニヤしながらレイヴンはそれは顔に出さずに続けた。
「それでは閣下、なにか御用でしたでしょうか」
「あ、その…。今日からレイヴン隊長がちゃんとしてくれているのか、見に来たのですが…」
「敬語」
「はい!! えっと、よく、やってくれているようで僕も…嬉しいで…嬉し、い」
かなりテンパっているようだ。
最近フレンにはぎゃふんと言わされてばかりだったから、もう楽しくてしょうがない。
心の裡で爆笑しながらも、レイヴンは鉄壁の仮面を崩さなかった。
「でしたらご覧のとおりにしております。ご用はそれだけですか?」
「はい」
「では早々に戻られた方が宜しいでしょうな。閣下には今日も山ほど仕事がおありでしょう。こんなところで無用に時間を使っていたのでは騎士団の業務が滞るばかりではありませんか」
「全くそのとおりです!」
「ならば」
「はい! 失礼します」
敬語が戻った上に、一杯一杯過ぎる敬礼までしてフレンは慌てて部屋を出て行った。
ガチャガチャと鎧の音が過ぎ去っていくのを待った後、溜まらずと言った様子でレイヴンは噴き出した。
「あーはっはっはっは!! おっかしーーーー!! 今の見た? 今のフレン見た?? もーチョーテンパってたよね!?」
「レイヴン隊長~! 若い団長閣下をからかうなど、感心しませんぞ」
「だってえ! おっさんにシュヴァーンになれなんて意地悪言うんだもーん! それに、あんだけ脅しておけばもうここにも寄り付かないんじゃなーい?」
「はて、シュヴァーン隊長の格好をするのはフレン団長からの依頼だったのでは?」
レイヴンは口を尖らせて椅子に座りなおし、頭の後ろで手を組んだ。
「俺様はレ・イ・ヴ・ン! シュヴァーンの格好なんてしたかないけど、自腹じゃ酒も呑めないんだもん。バイトするっきゃないじゃん。要は~、フレンの目の届く範囲内でシュヴァーンであれば良いわけでしょ? 簡単簡単。フレンの前でボロ出さなきゃいい訳だし、そのフレンも来る回数が少なければおっさんの負担も減るってね」
シュヴァーンの格好をしておきながら中身は完全にレイヴンである。
しかし盲目のルブランは、こいつ駄目男だ、などとは全く思わず、大いに頷いた。
「なるほど! カムフラージュですな! 隊長!」
「そゆこと。あ、俺様がサボってるってフレンには絶対言うなよ」
「了解いたしました!」
そうやってシュヴァーン隊内に緘口令を敷いたレイヴンは1日の大半を元のだらしないレイヴンとして過ごした。
フレンといる時と、衆目に晒されるときだけシュヴァーンを演じればいいのだから中々割りのいいバイトであったと言えるだろう。
元より本人が本人になりきるだけでお金が稼げるという不思議なバイトであったのだから、今更割りなどとどうでもいいことではあった。
しかし一つだけレイヴンには計算外のことが起きた。
何かというとフレンがレイヴンの元を訪ねてくるのだ。
フレンは根が真面目な所為か、シュヴァーンが厳しくすればするほど嬉々として近づいてくる。
正直鬱陶しいのだが、まさかシュヴァーンがフレンを無碍にするわけにも行かず、対応に苦慮していた。
元よりスパルタなんてガラじゃないのだ。
よく言えば自主性を伸ばす、悪く言えば放任主義で部下たちをなぜか纏め上げてきたレイヴンに、そんなに何でもかんでも教えを請われても戸惑うばかりである。
そしてそんな生活が一月を過ぎようかと言う頃、とうとうその日はやってきた。
フレンの執務室に呼びだされたレイヴンは、二人並んで長椅子に腰掛け作戦用の地図に目を落としていた。
「…と言うわけなんですが、レイヴン隊長はどうお考えになりますか」
相変わらず敬語が直っていない。
こればっかりはいくら言っても直らなかった。
「私は閣下のお考えの通りで宜しいかと存じます」
レイヴンの答えを聞いて、フレンがあからさまに顔を翳らせる。
「どうしてでしょうか」
「…? なにがでしょう」
「僕はまだ未熟です。師が必要なんです!」
「ではそのように手配を…」
「貴方から学びたいのです!」
フレンは決意を秘めた瞳で強くレイヴンを見つめた。
「今のこの時期に団長が経験不足などと、それがどれほど致命的な事か分かっているつもりです…! だからこそ僕は貴方に助けて欲しい! 僕の至らない点を補って欲しいのです! それなのに…なぜなのです? なぜそのように遠ざけようとなさるのですか? 駄目な所があるならば直すように心がけます! はっきりとおっしゃってください!」
「……敬語」
勢いに押されて、レイヴンは思わずと言った風に呟いてしまった。
しかしそれがフレンには予想外にクリティカルだったのだろう。
たちまちの内にしょんぼりしてしまった。
「…そ、ですよね…。こんなことも直せないのに、他の何を直せると言うんでしょうね、僕は。……覚悟がたりませんでした」
「フレン…」
「あの…! だから、その! 上司命令なんですから…じゃなくて…上司命令、だぞ! あれ?」
一生懸命敬語を直そうとしているフレンを見て、レイヴンは思わず素に戻って噴き出してしまった。
「…ユーリに接するみたいにしたらいいんでないの?」
「そうですね! ユーリ! また君はそうやって!」
「おっさんユーリじゃないわよ」
「そうですよね、ユーリ、じゃなくてレイヴン!!!」
叫んだあと、レイヴンと目を合わせたフレンは羞恥に頬を染めた。
「や、やっぱり呼び捨ては良くなかったですね」
「いいわよぉ、別に呼び捨てだろうがおっさんだろうが」
「そんなこと……、ってレイヴンさん!?」
「なあに?」
レイヴンはニヤニヤしながらフレンのコロコロと変わる表情を眺めている。
「シュヴァーン隊長でいてくださる約束じゃ…」
「いいじゃん別に。フレンと二人きりなんだからさ」
そういってウインクすると、フレンはまたも頬を赤らめた。
「で、でも、部下に示しが…!」
「部下なんて今はどこにもいないっしょ? 旅の仲間なんだから、大目に見てよ」
悪い事して鼻を叩かれた犬みたいな決まり悪げな目で、フレンはレイヴンを見つめる。
「レイヴンさん…」
「大丈夫よ。フレンは日々成長してるって。おっさんなんてもうとっくに追い抜いちゃってんだから、もっと自信持ってよ。部下の前では絶対間違って無いって顔してりゃいいんだって。お前さんは騎士団の指針なんだからさ」
「でも…」
「おっさんだって間違うわ。絶対に正しい道なんてどこにもない。だからフレンが自分で決めなくちゃ。どこへ進んでも、後悔のない様に」
「……それが間違っていてもですか?」
「間違ったと思ったら、謝ればいい。でしょ?」
取り返しのつかないことなど山ほどある。
しかし未来など見えるはずもない。
この道の先がどこに通じているかなど誰にもわからないのだ。
だから、迷って決めるより他ない。
「フレンが間違った時は、おっさんも一緒に謝ってあげるから」
そう茶化して言った後、フレンの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
立派で真面目でイケメンで、この世の悩みとは何一つ無縁な騎士団長に見えても、まだ脆い部分もある若者だ。
可愛い所もあるじゃない、とレイヴンは微笑ましく見つめていたのだが。
フレンは泣いているのかはたまた子ども扱いに怒っているのか、フルフルと肩を震わせている。
俯いているから表情が見えないが、まあどちらであっても悪い結果ではないだろう、とレイヴンは思っていたのだが。
事態は斜め上の方向に舵を切って展開した。
「……いい」
「へ? なんつった? フレンちゃん?」
「可愛いです! レイヴンさん!」
思いっきり押し倒されて、唇を奪われた。
とはいえフレンも経験が少ないらしく、ただ唇と唇を合わせるだけの可愛いものだったが。
慌ててフレンの肩を掴んで引き剥がす。
彼は真っ赤な顔をしてレイヴンを熱っぽく見つめてきた。
「…なんなの?」
「ぼ、僕は、貴方の事が…」
これ以上聞いてはいけない。
咄嗟の判断でレイヴンは脱兎の如く駆け出した。
呼び止めるフレンの声が聞こえたような気がしたが、一切振り返らずにレイヴンは城を後にした。
「はあー。全く堅苦しい日々だったわホント。やっぱりこっちの格好の方が落ち着く~」
おっさんがおっさん臭い声を上げながら、執務室の机に寄りかかる。
朝の挨拶に来たルブランが若干寂しそうな顔でレイヴンを見た。
「もうシュヴァーン隊長の格好はお辞めになったのですか?」
「ああ、まあね。そうなるわな」
いつもだったら「なあに~? おっさんじゃ不満なわけ?」とか言って困らせるところだろうに、厭にあっさり話を終わらせたのにルブランは不吉な予感がした。
「レイヴン隊長、一体何が」
「レイヴン隊長!!!」
ノックもせずにドアを開いたのは、シュヴァーンが何度言ってもノックする事を止めなかったフレンだった。
「ああ、良かった…! レイヴンさん!」
心の底から安堵したのだろう、なんだか潤んだような声でレイヴンに近寄ろうとしたフレンだったが、途中でルブランが突っ立っている事に気がついたのだろう。
いつもの爽やかな笑顔で言った。
「おはようございますルブランさん。隊長と二人だけにしてもらえますか?」
「は、はぁ」
「ルブラン!! 出て行ったら一生恨む!!」
ルブランはぐりんと効果音がつきそうなくらい勢い良くレイヴンを振り返った。
「ど、どうかなさったので?」
「何でもないんだ。部屋を出ていてもらえるだろうか」
唐突に団長の威厳を出してきたフレンに、ルブランはまたしてもぐりんと首を廻して今度は彼を見た。
騎士団長は見ようによっては脅しているようにも見えるほど、完璧な笑みを浮かべている。
一体どうすれば、と迷っているとレイヴンがいつの間に傍に来ていたのか、肩を掴まれた。
「用件なら今ここで言ってちょうだい。別にルブランが居たっていいでしょうに」
あからさまに意地悪な事を言ったのだろう、フレンは顔を真っ赤にして俯いた。
一体二人に何があったのかと訝しむルブランの前で、あからさまに団長がモジモジし始める。
はじめて見る反応に、ルブランも興味を隠せない。
「その、昨日はすみませんでした。あなたの許可も取らず、キ」
「うわああああああああああああああああああああ!! やっぱり出てて!!」
レイヴンに背中を乱暴に押されてルブランが締め出される。
ドアをきっちり閉めなおしたレイヴンは、それでもなお音が漏れるのが心配なのかドアに背中をぺったりと貼り付けて守っている。
多分無意味だが。
「その、キスしてしまって…」
「いや…、もういいわ。その事はお互い忘れよ」
「そんな…、突然してしまった事は謝ります。でも僕は以前から貴方の事をお慕いしておりました!!」
「シュヴァーンでしょ? ホラ、おっさんシュヴァーンじゃないから、レイヴンだから!!」
現実を見ろとばかりにレイヴンは自分を指差したが、フレンの頬の赤味は取れてくれなかった。
「ええ。一緒に旅をしていた頃から…」
「ええええええ??? そんな素振り全然なかったじゃん!!」
そう、旅の後半などむしろどんどんレイヴンに厳しくなる一方だったから、そんな甘酸っぱい感情があったなどと到底信じられない話だ。
「それは、レイヴン隊長をそのような目で見てしまう自分が厭だったのです。尊敬するレイヴン隊長に、か、可愛いなどと…! 貴方を愚弄するような事をつい考えてしまって…! 申し訳ありません!!」
「か、かわ…」
その言葉は少なからずレイヴンにショックを与えた。
昨日も聞いた事だったが、まさか恒常的に思っていることだったとは。
言った人物がフレンでなく、ジュディスだったら泣いて喜べたのだが。
元部下にそんな目で見られていたなど、なんだか情けなくなってくる。
「僕は自分が許せませんでした! でも、貴方を思う気持ちは日に日に募るばかりで…もうどうしたらいいのか…。それに貴方ときたらいつもジュディスや他の女性に鼻の下を伸ばして、僕のことなど歯牙にも掛けて下さらなかった」
「そりゃ、まさかフレンがそんな事を思ってるなんてちっとも気がつかなかったしさあ…」
「だからつい貴方にきつく当たってしまったんです。そんな可愛い仕草などせずシュヴァーン隊長のように厳格に接してもらえたら、僕も正気に戻るのではないかとつい期待してしまった」
そこでレイヴンは雷に打たれたようなショックを受けた。
「まさか…」
「ええ。シュヴァーン隊長に叱られ、僕は目の覚める思いでした。やはり隊長は尊敬する隊長であって、僕が可愛いなどと思ってはならない偉大な方だと。でも」
シュヴァーンの中身も結局はレイヴンだったのだ。
昨日の一件は越えてはいけない一線を易々と越えさせてしまったらしい。
そのことを雄弁なフレンの瞳は伝えていた。
「あの、僕の気持ちは伝わりましたよね」
フレンはその白い肌を真っ赤に染めてレイヴンを真っ直ぐに見つめてくる。
レイヴンは後ろめたくなり、思わず目を反らした。
「あのね。フレンちゃん。おっさんも男の子だからさあ」
「レイヴンさん!」
傍に寄ってきたフレンがレイヴンの肩を掴む。
「勿論あなたに抵抗があるという事は分かってます。でも徐々にでも好きになっていただけたらいいんです」
「ちょ、なにその既に決定してます感!??」
「はい、あなたはきっと頷いてくださると、僕は確信しています」
「なんで?!!」
騎士団長はキラキラと眩しい笑顔で言い放った。
「騎士団は副業禁止ですから!!」
「……はい?」
それから一ヶ月も経たないうちに、フレンとレイヴンが仲良く酒場に訪れる光景が見られるようになった。
その時のフレンときたら物凄く浮かれていて、反対にレイヴンはなんだか肩身が狭そうに見えるのだった。
おわり
おわったじょえ~。
レイヴンにきびしめのフレンちゃんも一回書きたかったんだけど、っていうかもっと書きたいんだけど。
話の流れでオチつけるために結局いつもの感じに戻ってしまったズラ…。
まあそれが萌えなんだけどな~!!
レイヴンの気を引こうとわざとツンデレになるフレンちゃんとかも書いてみたいけど、彼にそんな小細工できるかどうかが問題だ…。
困ったときは体当たりだからな…。
レイヴンが壊れちゃう…(骨折的な意味で)